住めば都シリーズ特別編~戦争と平和

10月31日は、ブルームーンと呼ばれる満月でした。2020年で、最も地球から遠い満月で、「マイクロムーン」とも呼ばれるそうです。

こんにちは、世界を愛で語るブログ、第84回です。

今回は、私が小学生の時に、とてもお世話になった、こどもの国のご紹介です!ついに妻氏と娘を連れて、きてしまいました。30年以上ぶりです!

本当に雲1つない青空の下、家族でお邪魔しました!

こどもの国は、神奈川県横浜市青葉区にある、広大な敷地を持つレクリエーション施設です。小学校3、4年生くらいまでのお子さんであれば、連れていけば1日遊べること間違いなしの人気スポットです。

1965年の開園から50年以上の歴史があり、ここに通ったことのない横浜市民がいたとすれば、横浜市民の歌を覚えていないことと同じくらい、ゆゆしき事態です。

横浜市民の歌、さあ、皆さん、ご一緒に!

わっが日の本は島国よ~♪♪

…すみません、話を戻して、こどもの国の敷地は約100ヘクタール(30万平方メートル)。サッカー場、バーベキュー場。ミニSL 、横浜一長いローラー滑り台、湖、ミニアスレチック、サイクリングコース(1.6キロ)。さらには乳牛約40頭、ヒツジ約30頭が放牧される牧場、ミニ動物園やらポニー乗馬まで。

まさに何でもあり、ないものはないこどもの国。おすすめスポットがたくさんありすぎますが、今回は、完全に個人の趣味で3つ、ご紹介します。

まずは、ドラムいかだです。

ドラム4つを浮き輪代わりに作られたいかだ。30年以上の時を越えて娘と漕ぐの図。

トム・ソーヤ気分で、誰でも簡単にこげます!3艘のドラムいかだが、無造作に繋がれていて、自由に乗れます。池は深さ1メートルほどしかありません。そして、なんと無料!

次に、搾りたての牛乳「特別牛乳サングリーン」とその牛乳を使ったソフトクリームです。

こどもの国の牛乳、サングリーンは、日本で4ヶ所しか生産していないいわば幻の特別牛乳であり、関東ではここだけ。こどもの国でしか飲めないのです。

しかし、悲しいことに私たちが牧場にたどり着いたときには、売り切れていました、サングリーン。。。リアルに地団駄をふむ私と妻氏。店員さんによれば、15時くらいで売り切れたと。やはり人気なのか。

ソフトクリームはきっちり食べました。超濃厚でおいしいです~。

3つ目に横浜一長いローラーコースター。

こちら、全長110メートル。滑りきるとお尻がビリビリ痺れます(笑)。

とりあえず、スタート地点が高いところにあるので、階段を昇ってスタート地点にたどり着くだけで、大人は相当HPを削られます。こどもって何で疲れないんだろう、、、ここがこどもの国だから?

さて、私の娘も、「一生忘れない、また来るよ」とチョークで刻み付けた、まさにこどもの天国、こどもの国。

入り口入ってすぐにチョークで落書きできる広場があるので、ここでこどもが止まってしまい、先に進まない、という。
娘からこどもの国へのメッセージ。

実は、そんなこどもの天国のようなこどもの国ですが、ところどころに、古い鉄の扉があるのが目につきます(写真を撮り忘れてしまいました)。

こどもの頃から、あの扉なんだろう、探検してみたいな、と漠然と思っていたので、今回調べてみたところ。。。

なんと、こどもの国は、戦前から戦後しばらくの間までは、軍の弾薬庫として使われていたことを帰ってから知りました。

弾薬庫は、更地にした土地の上にコンクリートの箱を作り、その上に土を盛る方法で作られていました。それが入り口が園内の至るところにある鉄の扉の正体でした(今は倉庫などになっているそうです)。

当時、そこでは14、15歳、今の中高生たちが動員され、弾薬を作る仕事を手伝わされていたそうです。

わずか、75年前まで、戦争は確かにこの国にありました。私がこどもの頃から見ていたのは、まさにその爪痕でした。

私たちは、ちゃんと伝えなければ、世代を重ねるごとに戦争の無惨さと平和の価値を忘れてしまうのかもしれません。でも、直接は知らない戦争を体感するのは難しいし、現実だとは思えないほど惨たらしい。平和と戦争のギャップは、あまりにも大きい。

しかし、その戦争と平和の言葉にならないほどのギャップを知ることこそが、平和の価値を知ることなのかもしれません。こどもの国は、そのギャップを分かりやすく、そしてソフトに伝えてくれる、配慮の行き届いた素敵な場所です。

園内の平和の碑には、以下のように刻まれています。

「1944年から45年にかけて、神奈川高等女学校の学生だった私たちは、国の命令で勉強をやめ、ここで砲弾を作る作業につきました。その砲弾が地球上のだれかを傷つけたのではないかと思うと、とても恐ろしい気持ちです。戦争を再び起こしてはならない、この思いを込めて、女学生休憩所のあった丘に平和の碑を建てました。平和な世界の中でこどもたちがのびのびと育ちますように」

こどもの国ホームページより引用(http://www.kodomonokuni.org/m_guide/tanbo5.html)

戦争の道具を作らされたこどもたちの気持ちと向き合って考えると辛いです。

しかし、先人たちは、悩みと努力の中で、平和を願い、私たち子孫のために祈りをこめてこの場所を残してくれました。

戦争を知っていた先人たちは、どれほど感慨深くこどもたちの喜ぶ姿を眺めていただろう(今度うちの両親とも話してみよう)。

平和を願って努力してくださった先人たちと、平和を下さった神様に心から感謝しました。

この平和の価値とこめられた思いを分かって、次世代にも繋げていきたい、と改めて思いました。無条件、戦争より平和こそが、私たちの愛です。

平和を作り出す人たちは幸いである。彼らは神の子と呼ばれるであろう。(マタイによる福音書 5章9節)

無条件、戦争より平和、それが愛

世界を愛で語るブログでした。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。