月別: 2021年1月

詩の世界

詩の世界

カマラ・ハリスさんはアメリカ初の女性副大統領、次の大統領候補といわれています。

こんにちは。世界を愛で語るブログ、2021年第7回です。

1月20日、アメリカ大統領就任式がおこなわれ、ジョー・バイデン新大統領が誕生しました。

アメリカ大統領就任式は、毎回大イベントなのですが、今回はレディー・ガガさんが胸にオリーブの枝をくわえた金色の鳩をあしらったブローチをつけて国歌を歌っていました。

その起源はもちろん、聖書です(創世記8章11節、有名なノアの方舟のワンシーンです。)。

また、バイデン新大統領は、バイデン家に代々伝わる聖書に手を置いて宣誓しました。

自分の国のことではないけれど、聖書を必ず引用することをとおして、神様を大切にする姿勢が感じられ、また、その1つ1つに、国を1つにしたいという切実さが感じられました。

今回の就任式の中でも特に注目されたのが、22歳の詩人アマンダ・ゴードンさんが、この式のために書いた「The Hill We Climb(私たちが登る丘)」という詩を詠んだシーンです。

翻訳つきの映像はこちらにあります↓

https://youtu.be/sSgEvDhwj1g

アマンダ・ゴードンさんを推薦したのは、バイデン新大統領の奥様である、Dr.バイデンだそうです。

内容はとても素晴らしく、英語ネイティブでない私でも韻を踏み、独特のテンポで詠じられる詩の美しさを感じましたし、聖書の引用も素敵に感じました。

詩の専門家による解説はこちらにあります。↓

https://news.yahoo.co.jp/byline/konosuyukiko/20210123-00218856/

特に、この就任式では、コロナをめぐる世界の状況とアメリカの国の状況を踏まえて、人々が共有する思いを強く後押しするようなメッセージが感動を生んでいたようです。

日本では、このような形で詩や詩人が注目されることは私の知る限りなかったのですが、改めて詩にはこのような力があるのだなあ、と再認識しました。

思えば聖書にも、ダビデの書いた150篇もの詩篇もあります。そう考えると、神様は、詩をとても大切にされてきたようです。

単純に考えれば、音楽もつけず、ただ「言葉を編む」という表現方法ですから、人の心を惹き付け、感動を生むということは、他の芸術と比べてもかなり難易度が高いと感じます。

それにもかかわらず、ダビデの詩は、世界中で愛され、いまなお、讃美歌として歌われることも多い傑作です。

ダビデの詩を読んでみると、王として栄華を極めたときに詠んだ詩だけではなく、先代の王であるサウルから苦しめられ、時には死の危険と隣り合わせになる時の心情を詠んだ詩が、切々と書き綴られています。

ダビデは、よいときも、大変なときも、いつも神様の目の前にいるように生きたことが感じられます。

私たちも、いつも神様の目の前にいるように生きるなら、その愛や心情を綴る詩は、同じように天の前で誠実に生きようとする人たちの胸を打つかもしれませんね。

そう思って詩を書いてみようとしましたが、なかなか思うようにはいきませんでした(^_^;)

詩は、愛と心情の世界

世界を愛で語るブログでした。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

今、コリント人への第二の手紙を読んでいます。通勤時間の読書がないので、ペースが例年より遅いです(^_^;)

チャンスと反応と

チャンスと反応と

いらすとやさんは世界を制す。なお、ラグビーのイラストは女性版もありました、、、。

皆様、こんにちは。世界を愛で語るブログ、2021年第6回です。

同じSail of the Lord Churchに通うエドワードJr.さんのブログで、倒れても回復する方法について書かれていました。

https://atoz2020.hatenablog.com/entry/2021/01/12/183638

実は、私が昔10年ほどプレーしたラグビーという競技は、「倒れてもすぐに立つ」競争みたいな競技です。

ラグビーのことを話してもいいでしょうか。。。ダメだという方は、今回はスルーしてください。

ラグビーという競技は、走る→ぶつかる、押す→倒す、自分も倒れる→立つ→走る、を1サイクルとする運動を、ひたすら繰り返す競技です。

近年のラグビー選手に要求されるのは、単純に走るのが速い、ぶつかるの強い、の他に、このサイクルについて、(1)どれくらい1サイクルを速くできるか、(2)どれくらい休まず繰り返せるか、という能力になります。

(1)の1サイクルを速くするため、ポイントになるのが、「倒れる→立つ」のスピードです。これをラグビー界隈では、「Reload リロード」といいます。リロードの速さは、選手の能力を測る重要な数値として定着しています。

また、ざっくりいうとこの1サイクルを「1フェイズ」といい、これを何回も何回も繰り返して我慢比べをして得点するのが、近年のラグビーの中核的な戦術であり、そのため、(2)どのくらいミスなくこれを繰り返せるかも、チームと選手に重要なポイントになります。

すみません。今日はマニアックに突き進みます。

さて、1月11日に、大学ラグビー日本一を決める大学選手権の決勝戦がありました。

結果はご存知のとおり、天理大学の初優勝でした。昨年度優勝の早稲田大学、その早稲田大学に今季唯一勝利していた明治大学に完勝しての、文句無しの優勝でした。

天理大学は、人材に恵まれないにもかかわらず、近年急速に力をつけてきたことでとても注目されました。

私は、やっぱり人材に恵まれない天理大学は、定石通り、リロードを鍛え、またフェイズを重ねても耐えられる体力で勝負きてきたのかなーと漠然と考えていました。

しかし、天理大学の監督さんのインタビューによれば、天理大学の勝利のポイントは、そこではなかったのです!

天理大学の勝利のポイント、それは、

機会を逃さないこと

の一言に尽きるそうです。ピンチでもチャンスでも、「ここがポイント!」と思ったら、全員が反応し、素早く仕掛ける。そしてピンチは未然に防ぐか、最小限の傷で収め、チャンスは絶対に逃さない。

天理大学はこれを「リアクション・スピード」と名付け、このリアクション、つまり、反応に命をかけていたそうです。

これは、ラグビーで近年重視されている「ターンオーバー」すなわち攻守の切り替え狙いとも似ていますが、さらに洗練された「チャンス」「ピンチ」への嗅覚の共有という感じでしょうか。

これができる組織は、ラグビーに限らず、強いですよね。

そのためには、練習中から「チャンス」「ピンチ」、どちらの機会も、いつきてもいいように絶え間なく意識し続けるしかないんだとか。

勝つには、これか。

いや、愛を語るブログなんですけど。

ただのラグビー愛

世界を愛で語るブログでした。いや、すみません。本当にたまに書きたくなるんです。許して下さい。読んで下さった方、感謝感激でございます。

お祝いの主催者

お祝いの主催者

娘が妻氏のために作成したブレックファストメニュー。卵一択。

皆様、こんにちは。世界を愛で語るブログ、2021年第5回です。

今日は妻氏の誕生日です。

娘が、昨晩から早起きできるように起こしてくれ、と言っていたのですが、様々なサプライズ企画を考えていたようです。

朝6時に娘を起こして、初めてその話を切り出され、いくつかの計画を秘密裏に明かされました。

一つ目、今日は家事は妻氏にはさせない。

二つ目、福引き(くじ引き)。当たる確率10分の1。

三つ目、娘自作ブレックファスト。

四つ目、100均で買った飾りで飾る。

などなど。娘が自分で考えて全部やり遂げていました。

まずは朝御飯の目玉焼き。
箱から手作りの福引き。当たったら何がもらえるのかな?
洗い物も今日は娘が。
飾りもつけて。
みんなでお祝い!

Happy Birthdayの歌のピアノも担当。フル回転の娘でした。

してもらう人から、してあげる人になることは、どれほど大きい変化でしょう。

いつの間にか新しくなった娘に感動です。

私たちはいつも神様にしてもらい、生かされていますが、もし、神様にして差し上げる生になれば、それはきっと大きな変化なのでしょう。

して差し上げる愛

世界を愛で語るブログでした。最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

幼子から学ぶ

幼子から学ぶ

お正月らしく、娘作の「ちょう上きゅう福笑い」に挑戦してみたところ、、、このパーツ、確かに大き過ぎて顔のなかに収めるのは至難の業。

皆様、こんにちは。世界を愛で語るブログ2021年第4回です。

私たちは、日々神様から学んで生きており、その意味では日々死んでいます(学んで成長し、新しくなっています)。

~新約聖書コリントⅠ 15:31参照~

今日は、正月三ヶ日で一気にスケートボーダーの仲間入りを果たした娘と一緒に1時間特訓し、私も多少ですが滑走できるようになりました。

娘は、背中回りのカーブを美しく決めるのにこだわりがあり、スピードに乗って決めてきます。

やはり、お手本が近くにあるとありがたいです。足の置き方とか、娘の見よう見まねで長足の進歩を遂げることができました。

まだ老いたつもりはありませんが、娘のができることについてはさっさと娘に従いたいと思います(´▽`)

また、今日は娘のお友だちが遊びに来てました。その子は、日々の生活の中で、自然と親が子供を怒る怒り方を研究してるらしく、研究した結果として

「いらいらしてる時に、そのまま怒ってはいけないのです。考えがよい人は、いらいらしてもそのまま怒らず、一息ついて、こうだからダメなんだよ、と教えてくれます。」

という結論(要約)を得たと話してくれました。おおお現代社会必須のアンガーコントロールの極意( *゚A゚)!!

私が最近会社で何があったか見ていたかのような、、、あ、済みません。

ついでに

「自分は子供だから、いらいらしてると、半分よりちょっと多いくらい、そのまま怒っちゃうけど、子供だから仕方ないのです。」

と、自己分析まで披露してくれました。ちっちゃいのに本当にスゲー(゜_゜;)

しかし、これはきっと、アンガーコントロールについて、神様が幼子を通して私を諭してくれたのだと思います。

神様、アンガーコントロール頑張ります。

神様は幼子さえも通して、日々教えて下さる。今日もまた感謝です。

幼子をとおして教える愛

世界を愛で語るブログでした。最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

あ、いま、ルカの10章まで来てます。

洗濯しながら

洗濯しながら

昔、娘も横浜の動物園でラクダに乗せてもらいました。

皆様、こんにちは。世界を愛で語るブログ、2021年第3回です。

朝、洗濯機を回しながら聖書を読んでいました。

少なくとも私たちの祖父の時代くらいまでは、洗濯機もなく、だいたい洗濯板を使っていたことを思うと、こんな風に洗濯しながら本を読むわけにもいかなかっただろうなあ、としみじみ思ったりもしました。

今からすれば、随分と不便で大昔のようですが、それも70~80年前の話ですから、イエス様のいらした2000年前って、本当にどんな世界だったんだろう、と想像をめぐらしながら読みました。

私が前から気になっていた箇所があります。

マタイによる福音書23章24節

盲目な案内者たちよ。あなたがたは、ぶよはこしているが、らくだはのみこんでいる。

なんとなく意味は分かるのですが、、、ぶよ?ってあの小さい虫?を「こす」?らくだ?飲み込む?

という訳で、今回は調べてみました。

ぶよは、モーセの出エジプトの場面でも登場する害虫ですが、体長は3ミリ~5ミリととても小さいです。蚊の更に小さい版のイメージでしょうか。

そして、そんなぶよは、旧約聖書では、忌まわしいものとして、食べてはならない動物の1つに分類されていました(レビ記11:20)。

そこで、当時のイスラエル民族は、ぶよの死骸などが飲み物に混入したりしないよう、飲み物を瓶にいれるときに、布などで濾していたそうです。

おそらく、食べてはいけないものの中で、最も小さいのが、ぶよでした。

一方、ラクダですが、ラクダは、イスラエルに住んでいる人たちが普段目にすることのできる中で、最も大きい動物でした。

象とかいないんですね。

だから、「ラクダが針の穴を通るよりも難しい。」(マタイ19:24)と別の場面では表現されました。

そして、ラクダは食べてはいけない動物で一番大きな動物でした(レビ記11:4)。

つまり、イエス様は、ぶよみたいなめちゃくちゃ小さいものには食べないようにとこだわる癖に、ラクダ級の、つまり、一番でっかいものはスルーしてる(飲み込んじゃってる)んではないか、と、おっしゃりたかったんだと思います。たぶん。

その手前では、「はっか、いのんど、クミンなどの薬味の十分の一を宮に納めておりながら、律法の中でもっと重要な、公平とあわれみと忠実とを見のがしている。」(マタイ23:23)ともおっしゃっています。

薬味は、野菜や穀物に比べたら些細なもので、そんなとこまで、ちゃんと十分の一、宮に納めているぞ、細かいとこまで律法守ってるぞ、とどや顔してるけど、そんな細かいことより、一番大切なものは守ってないやん、と。

イエス様は、更に、繰り返し、「私が好むのは憐れみであって、生け贄ではない。」(マタイ9:13、12:7)と、旧約聖書を(たぶんホセア6:6)を引用しながら、神様の心情を代弁して、極めて精緻な論理で律法学者やパリサイ人を厳しく指摘していたんですね。

そりゃあ、ぐうの音も出ないですよね。ぐうう。

私は、もう一ヶ所気になるところがあります。

それは、イエス様の教えを聞いた群衆の反応です。

マタイによる福音書7章28節~29節

イエスがこれらの言を語り終えられると、群衆はその教にひどく驚いた。それは律法学者たちのようにではなく、権威ある者のように、教えられたからである。

…律法学者って権威ないのか?結構偉いと思ってたが、、、と思ってしまっていました。

でも、イエス様のおっしゃったような感じであれば、イエス様は、少なくとも、ちょっと情けない「律法学者たちのよう」ではなかったのだと思います。

「権威ある」というのは、最も権威のある方、すなわち、神様が話されるように話された、ということなのかなあ、と感じました。やっぱりイエス様、群衆の希望の星だったんでしょうね。

最後に、そんなにも厳しいイエス様ですが、その心は、、、

マタイによる福音書23章37節

ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、おまえにつかわされた人たちを石で打ち殺す者よ。ちょうど、めんどりが翼の下にそのひなを集めるように、わたしはおまえの子らを幾たび集めようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応じようとしなかった。

泣いていたんですよね。ぴえんではなく、だばーです。またもや。

そんなこんなで、マタイ読了。

読めば読むほど深い愛

世界を愛で語るブログでした。ちょっと聖書に寄りすぎました。以上はすべて、聖書を読んだ個人の感想です。新年なのでお許し下さい。読んで下さり、ありがとうございます。

今年も、しかし、何かを新しく

今年も、しかし、何かを新しく

今年も読み始めました。

皆様、こんにちは。世界を愛で語るブログ2021第2回です。

私は、毎年、初心に返るということで、年始から聖書の通読をしています。そんなに読むのは速くないので、旧約聖書と新約聖書を合わせて読み終わるまで2~3ヶ月かかります。

今年は聖書を読むのも何か新しいイベントにしたいなあ、と思いながら、とりあえずブログで報告することにしました。

聖書通読者あるあるとして、旧約か始める派か新約から始める派か、というのがあります。知らんけど。私は後者が多いです。

という訳でマタイによる福音書から読み始めます。

まず、系図。初心者の9割がここで聖書を断念すると言われる難関(私調べ)ですが、旧約聖書を通読してる人には味わい深い名前が並んでいます。

ここは、タマルさんやラハブさん、ルツさんが載ってるのにおおっ、と思ったり、ウリヤさんの名前があるのに、「バテシバ」じゃなくて「ウリヤの妻」ってわざわざ書いてある、、、となんとなくウリヤさんのことを思って涙したり、ヨシヤさんの名前を見ながら、歴史に「もしも」があったなら、、、と考えたりします。

イエス様の誕生。今年改めて読んでみて、何か、お父さんのヨセフがめちゃくちゃたくさん、夢を見ているなあ。もしかしてヨセフという名前は夢を見る系?

それにしても、これだか夢ではっきり言われたら、自分の子供が特別なことくらい分かりそうなもんだがなあ。。。わかったのかなあ。。。

進んで、イエス様が、食事中にヨハネの弟子に、なんで断食せんの?と聞かれたところ。当て布の話とかぶどう酒の話でたとえて完璧に答えられるけど、そこに当て布してる人がいたのかな、ぶどう酒があったのかな、とか。

もしかして、それ見ながらの当意即妙かぁ(゜ロ゜;

当意即妙が命な法律家としては、イエス様、やっぱり改めて当意即妙感すご過ぎてまじリスペクトっす。もちろん神様が共にするからなのでしょうが、、、一生ついてきます。

今年も読みながらわくわくしてきた。

聖書愛、キリスト愛、神様愛

世界を愛で語るブログでした。読んで下さりありがとうございます。一緒に聖書読んでくださる方は気軽にお声がけください(*´∀`)♪

2021年スタート!

2021年スタート!

早速新しいことに挑戦!

皆様、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

世界を愛で語るブログ、通算101回目ですが、2021年の第1回になります。

今年は何か新しくしよう!ということで、、、

早速、娘はスケートボードに挑戦。乗るところから下りの緩やかな坂道を滑るところまでは一人でできるようになりました。

実は一輪車にも挑戦しているのですが、あとから始めたスケートボードの方が先に乗れるようになりました。

これを経済学では後入れ先出し法といい、聖書でいえば、先のものは後となり、後のものは先になるであろうと預言された現象になります(適当)。

今年も娘の果てしない挑戦は続く。しかし、親からしたら、挑戦する姿に喜びを覚え、どんどん挑戦してください、支援します、と思うばかりです。

そして、できるようになれば、本人より嬉しい。

神様もそうでいらっしゃると信じます。だから、何歳になっても挑戦するのです。

挑戦は愛

世界を愛で語るブログでした。本年もよろしくお願いいたします!

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