奇跡の40年(数字の神様2)

皆様、こんにちは。世界を愛で語るブログ2021年第23回です。今回も数字で語る?ブログです。

またまた最近の裁判ですが、こちらは求刑40年という事件がありました。

https://mainichi.jp/articles/20210715/k00/00m/040/248000c

何が奇跡かというと、日本では、通常、裁判で無期懲役を選択しない限り、期間のある懲役(有期懲役、といいます。)の刑期の最大は、どんなに罪を重ねても30年なんです。

しかし、今回、40年という求刑になりました。これは、そこそこ珍しい求刑です。

普通、2つ以上の犯罪を犯して裁判をする場合で、懲役になる時は、刑期の上限は、どんなにたくさん罪があっても、一番長い刑期の1.5倍までと決められていて、そのまま足し算にはならないのです。

無期懲役以外の懲役刑でいちばん長いのは20年なので、懲役刑は、通常であれば、無期でなければどんなに長くても30年までです。

しかし、例外が一つだけあります。それが、真ん中の犯罪が先に見つかって、判決を受けた場合です。

できるだけ分かりやすく説明するために、ある人が、A、B、Cの順番で、犯罪を犯したとします。

時系列どおり、Aが先に発覚して判決を受け、それからB、Cと発覚して同時に判決を受ける場合、BとCは併せて30年が上限になります(しかし、このケースは、ほとんどの場合、ABCまとめて判決されます。)。

Cで先に判決を受けてから、A、Bが発覚して裁判をする場合は、A、B、C全部併せて上限は30年になります。

しかし、Bが最初に発覚して判決を受けると、AとBを併せて30年という上限はあるものの、Cは全く別になり、AとCは併せて最大40年まで判決できることになるのです。そして、AとCがそれぞれ複数あったりしますと、最大は60年になります。

不思議なことなのですが、これは制度の問題で致し方ありません。

そういうわけで、今回は40年という求刑になりました。40年というと人の一生を考えるととても長い期間です。刑期が終わる頃には、自分もおじいさんになるか、刑期の中で人生を終えるかもしれません。

聖書でも、40年は特別な期間です。そう、まさに刑罰の期間。

イスラエル民族は、モーセに導かれてエジプトを出ました。十の災いが起こり、紅海が割れるなど、めちゃくちゃ奇跡の連続だったのに、この人たちは、エジプトから出ると、すぐに生活が辛いといって神様に不平不満ばかり言いました。それで、目的地のカナンに行くことを一向に許してもらえませんでした。結局、途中の何もないシンの荒野に40年間、いるしかありませんでした。

40年ですから、不平不満ばかり言っていたイスラエル民族の大人たちは、みるみる年を取って、目的地の、乳と蜜の流れる理想郷といわれたカナンに入ることができないまま死んでいきました。そして、モーセもカナンに行くことができずに死に、その付き人だったヨシュアと、シンの荒野で生まれた子供たちが、エジプトを出て40年が過ぎてから、ようやくカナンに入ることができたのでした。

いわば、刑罰の40年。シンの荒野で生まれた子供たちも立派な成人です。人の人生にはあまりにも長すぎる。神様には、やはり不平不満よりも、いつも愛と感謝の心で接したいものです。

愛と感謝で刑罰よりも祝福を

世界を愛で語るブログでした。最後まで読んでくださり、ありがとうございました。